ネタバレ注意「桐島、部活やめるってよ」の感想。オタクになれなかったフィルム。

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映画『桐島、部活やめるってよ』予告編

 

★★★☆☆

 

最初は、オタクとリア充とヒエラルキーの話だと受け取っていました。

 

神木隆之介さん演じる前田涼也は映画部に所属する、いわゆるオタクです。

 

映画を撮ったり、橋本愛さん演じるバトミントン部の東原かすみに恋心を抱いたりしながら、物語は進んでいきます。

 

よくある登場人物が同じで主人公が変わっていくような話運びで、青春真っ只中の高校生たちがいろいろな内情を抱えながらも生きて行かなければならない、という現実を映し出そうとしています。

 

しかし、それがリアルかと言われれば全然そうじゃなくて、私にはとっても綺麗な青春に映りました。

 

もちろん恋もケンカもあるし、オタクもリア充もいると思うのですが、自身の経験では、もっと酷かったし、逆にもっと救いもあったと思います。

 

いや、もっとも熱くてもっとも平凡な毎日がクソ退屈でクソ最高でクソ最悪だった、でしょうか。

自分にとっては、そんなに簡単なことではなかったです。

 

そんな青春群像劇ではなく、ただただオタクになりたかったオタクが、オタクになりたかったオタクを創造し、オタクになりたかったオタクの為に創作した話に、私には見えたのです。

 

もっと簡単に言うと、気持ち悪い、です。

 

それは突き抜けたオタクの気持ち悪さではなく、偽善臭がする気持ち悪さです。

 

だからか、ある意味ですごく中途半端な気がしたし、かといってリアルな感じでもなく、つまり、劇中に出てくる汚い映像の8mmフィルムとは全く違って、この映画はただの綺麗な35mmフィルムなのだ、と感じていました。

 

これ、本当に監督が撮りたかったものなのって。

 

本当は、8mmで撮りたかったんじゃないのって。

 

つまり、かすみに抱きしめてほしかったんじゃないのって、そんな風に思うのです。

 

私は本当のオタクは、そこは欲望に忠実に描いてしまう生き物なんじゃないかと、今も日々肌で感じています。

 

同情か恋心か、そんな訳の分からないかすみの視線なんかいらないんですよ。

 

素直に抱きしめてもらえばいいんですよ。

 

そこへの引っかかりが、いまいちハマれない原因になっているように思いました。

 

モテキみたいにベタベタにしろって言ってる訳じゃなく、それこそが内への衝動という、この映画のもう一つの肝である大切な部分だと思うからです。

 

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その、この映画の肝であると思われる、外への衝動と内への衝動、という風にこの映画を受け取ったとしたら、間違いだらけの中で、少しだけクリアに見えてくるものがありました。

 

桐島を何に例えるにしても、つまり、お金でも政治でも恋人でも夢でも何でもいいのですが、結局、それって全部外に向かうものだと思うのです。

 

衝動も執着も愛も外に向かってるのでそれに振り回されるか、それが変わるまで自分は何も変われない。

 

大後寿々花さん演じる、吹奏楽部の沢島亜矢が恋して、いやずっと恋し続けてる訳ですが、最後の最後にあの場面を目撃しても、現実では、まだ振り回されてると思うんです。

 

衝動って、そんなに簡単なことではないと思うんですよね。

 

内に向かう衝動をないがしろにするのはやっぱりよくない、と自分自身も痛烈に思う所があるので、結局、恋ってなんなのよ、とか、愛ってなんなのよ、とか、自慰ってなんなのよ、とか、好きなものと繋がってる感覚を信じられるか、とか、私って何者なんだ、とか、言葉にすると陳腐だけどもそういった内への衝動をどうコントロールして画的に物語として魅せて行くかってとっても素敵なことだと思うんです。

 

だから、内への衝動をもっと魅せて欲しかったです。

 

あれでは外への衝動を魅せてくれただけじゃないですか。

 

最後の暴走も本当にあれでよかったんでしょうか。

 

そんなに簡単な事じゃないですよね。

 

もしかして、分かってやってるんでしょうか。

 

もし、そうだとしたら、心底気持ち悪いですよ。

 

劇中にあった「特別な力」という言葉をもっと前面に押し出して、いやだから、言葉じゃなくて、その衝動というかそのテーマを心底、 貫いてほしかったと思いました。

 

今のままだと、塗り固められた青春に翻弄され過ぎて、大切なことが言えなくなってしまった、オタクになりきれなかったオタクが創作した締麗な映画、にすぎないと思います。

 

だから、だからこそ、この映画自体が全部、劇中劇だったら良かったのにって心底思います。

 

正直、最後にそう種明かしがあるのかと思いました。

 

そうしたかったのかもしれませんが、実際にはそうなっていない(そう見えていない) ので、そこがとっても残念だった所です。

 

もしそうなっていたとしたら、私自身も救われたかも知れません。

 

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でも、やりたかったことと、出来上がったものが全然違ったとしても、演出そのものと言えばいいのでしょうか、例えばその音楽の使い方とか、言葉選びとかは大好きです。

 

個人的には実果役の清水くるみさんがすごく大好きでした。実果自身がすごく良かったのはそのせいだと思います。

 

あと、やっぱり、ペプシと午後の紅茶ミルクティだよな、って自分も思います。

 

そこだけは正直なんだなって、少し嬉しかったです。

 

 

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